国立新美術館「ミュシャ展」

会期末なので。

個人的にミュシャのファンなので良かった点から。

高校時代から夢にまで見た「あの」大作が「全部」みれたこと。すばらしい。これだけで感極まって泣きそうです。泣いた。まじで。

個人的にはこれだけで十分なんですが、展示構成も十分な物でした。

?内容

今までのミュシャ展では版画ポスター装飾品に同時代アールヌーボー作家というのがド定番なので、これからの脱却にはいいのです。

つまり、「チェコ帰国後のミュシャ」、および「なぜミュシャはパリでの名声の終わりに帰国したのか?」

という点です。

「スラヴ叙事詩」はそれの回答になります。

同時に構成的にはこれを軸に決めることになります。

付帯の展示はミュシャの略歴を示すパリでのポスター作品と、帰国後のポスター作品、メイン展示である壁画に関係する過去の大型作品に関するデッサン・習作という並びになっています。

プレゼンテーションとしては妥当な構成で無理がないものです。

?展示

メインの二室が20点の巨大な油彩で覆い尽くされている、この度肝を抜く状態で満足できます。全体を見渡せる広さがあり、光量も、ディティールを確認するのに十分です。

スラヴ叙事詩に関する5点の作品について撮影が許可されたことは日本美術館史上特筆に当たります。海外の美術館では「当然」の作品の撮影。モナリザも撮っていいのですよ?(複製疑惑ありますが)

これが部分的ながら実現したことは大変喜ばしい。やっと日本も少しの進歩ですね。

スマートホンの待ち受けにもなるのはすばらしいおみやげですね。

反面、2章以降の展示はすこし狭すぎ、滞留が発生してました。もう一室あっても良かったのでは。

?図録

2章以降がちょい雑ですね。ミュシャがなぜ公共的仕事に積極的に関わり続けたのか?という謎を解くいい機会だと思うんですが、

また、スラヴ叙事詩も見切れが発生してます。これは非常に残念。人物の裾や頭部が風景から飛び出すことによって極めて立体的でヴァーチャルな視覚効果を与えているあの作品の魅力がスポイルされてます。この写真を選択した奴は単純なバカですね。

あるいは、完全な写真を撮らないような横やりでも入ったんでしょうか。これはよくわからないところです。

?誘導

時間切れ寸前に行ったんですが、急かしつけて18時で売店を閉める旨をアナウンスしてたものの、もう少し時間的余裕がありました。つまり、誘導のための嘘ですね。これは態度としてよろしくない。

美術館のアナウンスは信じてはいけない類のもの、ということになるのですかね。

まあ、売店は大変な混雑で滞留が発生していたので、延長は仕方ないかもしれませんが。

あとで、入り口を見ていたらチェコ政府関係者らしき集団が見えたので、このために焦ったんでしょうね。

全体として「行って良かったし、行くべき展覧会」でした。

作品自体の感想は後日にでも。