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予見可能性と緊急性

予見可能性があるからと言って、直ちに対策が取れるとは限らない。

様々な制約があるからだ。

一つは時間的制約。

直ぐに対策を始めて間に合ったならば、或いは責任があるかもしれない。

だが、当時の見通しで仮に完成まで10年かかるとしたら、どのみち間に合うまい。

これはいわゆるスーパー堤防と同じだ。

一つは資金的制約。

潤沢な資金があるならば、或いは可能だったかもしれない。

だが、一斉に対策を取るだけの資金はあっただろうか。

一つは資源の問題

短期間で終えるためには多数の技術者と輸送機器、加工場、作業員を必要とする。

それを確保し得ただろうか。

一つは予見可能性の精度

地震予知、とまではいかないが、今後100年以内の確立が80%という様な予測、果たして精度は高いと言えるだろうか。

明日なら間に合わないし、100年後ならとうに廃炉の筈。

つまり、影響は予測不能だ。

不謹慎かもしれないが、原告の言い分を俯瞰すると、古典落語の一つ「近日息子」を髣髴とさせる。

近日上演の芝居の看板を見て、明日やるのかと息子が父親に聞くと、いつやるかは決まっていないがいずれやると言う事だと答える。

そうかと言って息子がしばし外出してからほどなく御近所が香典を持ってやってくる。

原因は戸口に「忌中」と書かれた紙が貼られ、葬儀の準備をしている様に見えるから。

息子に変な悪戯をするなと父親が叱責すると、自分は悪くないという。

なぜかというと紙には「近日忌中」と書いてあるからだと言う。

いずれ父親は死ぬから間違っていないと言うのがサゲ。

本件の予見可能性とは、その程度の様なものだろう。

原発事故、国の責任初判断へ=津波予見可能性焦点―17日判決・前橋地裁

(時事通信社 - 03月13日 08:01)